ライター、編集者、料理人。
逗子と京都の二拠点生活。Webや雑誌を中心に、ローカルコンテンツや食べ物屋・お酒をテーマにした記事をよく執筆するほか、毎週末に鎌倉の酒場「山山ふもと」の店主として立っている。
600年の歴史を誇る日本3大刃物産地。世界中の料理人を虜にする「堺の包丁」の魅力
日本三大刃物産地の一つ「堺市」。特に、鍛冶職人(火造り)と研ぎ職人(刃付け)の分業制による、伝統的な製法によって作られる「堺打刃物」で名高く、和食で用いられるプロの料理人用包丁は、国内シェア約90%を誇るとも言われています。その極上の切れ味は、世界の料理人たちから熱い注目を浴びるほど。600年の歴史を持つ堺の刃物生産の現場と、堺打刃物を使っている料亭を取材し、堺の文化と包丁の魅力を伝えます。
博物館・専門店・料亭を巡って、堺の包丁を知る旅へ!
すらりと輝く刀身、食材の繊維を傷つけずソリッドに切り出す刃の繊細さ。使えば使うほど使用者の手に馴染んでいく魅惑の切れ味。
使い続けるうちに手に馴染み、料理のパートナーとして長い時間を並走してくれる堺の包丁は、料理好きにとっては、憧れの逸品です。
堺は古来より、古墳造営のために鍛冶技術を持った人々が多く、そこから鋤や鍬などの農業鉄具や刀、鉄砲の製造が発展。日本でも有数の包丁の産地へと成長していきました。
と、いうわけでこんにちは、ライターのヒラヤマヤスコです!
全国いろいろなところへ取材に行って現地のうまいもんを飲み食いするのが生きがいのほか、週末に鎌倉で酒場に立つなど料理人としても活動しております。仕事柄、堺の包丁はいつか手に入れたい料理道具のひとつ!
堺の包丁、せっかく買うなら産地に行って、いろんなことを見聞きしたい!
というわけで、天王寺駅から路面を走る阪堺電車、通称「ちん電」に乗り、南へ向かうこと約20分。
堺にある包丁の博物館・包丁の専門店や、実際に使われている料亭を巡って、堺の包丁がどのように料理人たちに愛されてきたかを知り、自分だけの包丁を手に入れる学びの旅に行ってきました。
包丁のことがまるっとわかる!「堺伝匠館」で包丁の歴史を学ぶ
最初にやってきたのは「堺伝匠館」。
堺のさまざまな包丁が展示・販売されているほか、日本の包丁製造の歴史を幅広く知ることができるミュージアム、線香や木綿の「和ざらし」など堺の名産品が購入できるショップが入った複合施設です。
1階には堺のさまざまな工房でつくられた包丁が展示・販売されています。お高いものは10万円以上しますが、1万円前後のお買い得な包丁も。
いや、でもせっかく買うなら、それなりの値段の包丁がいいよな……。
さっき見た刺身包丁が6万円で、週に2回は魚さばくとして、年間96回やろ。20年使い続けたら1回あたり31円くらいってことやから、減価償却率的に……。
貿易都市として発展するなかで生まれた堺の包丁づくり
2階には、堺の包丁の歴史や、日本の包丁の種類など幅広く学ぶことができる展示室「堺刃物ミュージアム CUT」が。
展示室では、この後に向かう包丁の専門店、和田商店のご主人・和田さんにナビゲートしていただきました。
堺の刃物の発展について先の項で少し触れましたが、具体的に発展したのは16世紀頃。当時、国際貿易の港として発展していた堺にポルトガルからタバコの葉が持ち込まれます。その後、嗜好品として国内でタバコ栽培が盛んになりました。堺ではタバコの刃を刻むための「タバコ包丁」の生産が盛んになり、堺のタバコ包丁は、江戸時代には幕府のお墨付きの品として全国に流通しました。その技術は料理の世界にも活用され、現在は質の高い包丁の生産地として全国の料理人から支持を受けています。
古墳時代から脈々と続く鍛冶技術と、貿易都市として新しい文化やニーズを柔軟に受け入れ続けた歴史によって、堺の包丁の今日があるのですね。
切れ味の良い打ち刃物が特徴の堺包丁
堺の包丁の特徴は「打ち刃物」であること。
打ち刃物は、素材の鉄や鋼を真っ赤になるまで熱し、金槌などで叩き打つ「鍛造」という方法でつくられます。鍛造を重ねて精錬された金属は、粘り強い性質を持ち、それが包丁の確かな切れ味になるそう。
「打ち刃物は、切断面が片側だけある『片刃』、いわゆる和包丁が主流です。日本刀もそうですね。両刃にくらべて、鋭角に切れるのが特徴です。日本料理には欠かせない包丁ですね」
日本の多様な食文化に合わせてさまざまな専用包丁もあります、と和田さん。
大きなマグロをさばく時に使う日本刀のような「マグロ包丁」、フグのお造りを薄く切るために刃がより薄い「フグ刺し包丁」、近代以降は重くて太い中華包丁や、西洋の牛刀なども生産されるようになったそう。
これは、なんと包丁の腹に魚の漢字が彫られた出刃包丁。こ、細かすぎる〜!!
分業で洗練された技術によって、今日の堺の包丁は工芸品として寵愛されている一面も。確かに包丁コレクターがいるのも納得できますね。
堺伝匠館(堺伝統産業会館)
住所:大阪府堺市堺区材木町西1-1-30
営業時間:10:00〜17:00
定休日:第3火(祝日の場合は翌日)、年末年始(12 月29 日~1 月3 日)
※その他臨時休業あり
電話番号:072-227-1001
和田商店で知る、分業制がもたらすプロの仕事たち
堺伝承館で包丁のアレコレを学んだあとは、包丁問屋である和田商店にやってきました。
和田商店は創業から150年を超える老舗で、現在は包丁の販売や、包丁研ぎのメンテナンスなどもおこなっていますが、もともとは柄つけの専門としてはじまったそうです。
和田さんは、堺の包丁の素晴らしさの秘密は「分業制」であることだと話してくれました。
「堺では、刃を鍛造する職人、柄をつくる職人、名入れをする職人、研ぎ上げる職人、包丁を売る職人と細かな分業制がとられてきました。分業によって、職人たちは自分たちが得意とする技術を磨き上げることができたわけです」。
そんな職人技術を多くの人に知ってもらうため、和田商店では柄付けの体験や包丁研ぎの体験を日々開催しています。
包丁研ぎと柄つけを体験!
というわけで、わたしも体験してみることに! まずは包丁の研ぎ体験から。
作務衣と前掛けをお借りして、作業に臨みます。
包丁研ぎを教えてくれるのは、包丁を研ぎ続けて62年の大ベテランの職人さん。
「切れ味が悪くなった包丁は、砥石で研ぐと切れ味が復活します。使うたびに研ぎを繰り返せば、1本の包丁を長く愛用できますよ。あと、切れ味が悪いまま使うと力が入って怪我の原因にもなるから危ないんです」
「切れる包丁というと刃先がなめらかなイメージがありますが、実はそうじゃないんです。砥石によって研磨された刃は、顕微鏡などで拡大してみると、じつは小さなギザギザがたくさんある。この小さなギザギザが、ものをスパッと切るんです」と和田さん。
包丁の研ぎ具合は、板に包丁を滑らせて確認します。切れない包丁は刃先が板の上を滑りますが、きちんと研がれた包丁は板に刃が噛んで動かなくなるんですって。
刃が砥石に15度の角度で当たるよう意識しながら、1箇所につき5往復、部位によって角度を変えて丁寧に研いでいきます。
研ぎたい部分を意識しながら、力を入れ過ぎず、丁寧に研ぐのがコツ。
歴史を感じさせる職人のお顔!
研ぎ上がった包丁は、新聞紙がスパーーーーーッと真っ二つに!
き、気持ちいい!!
研ぎ体験のあとは、包丁の柄付けです。
柄に入れる部分をバーナーで熱し、木の柄を押し込んだら木槌で柄のお尻を叩いて、刃の部分を密着させていきます。
木槌でたたくごとに刃が柄にすいこまれていき、次第に包丁の姿へと変わっていきます。包丁ってこんなふうにできるんだ……と感動!
堺の包丁を買うこと・使うことが、文化を守っていく
体験をひと通り終えて、和田さんに改めてお話を聞いてみました。
日本のものづくりは分業制によって専門領域を高めてきましたが、ライフスタイルの変化や少子高齢化によって各分野のプロフェッショナルが減少し、分業制が「歯抜け」の状態になりつつあるそう。
それは、堺の包丁づくりの場でも深刻な問題となっています。
「西洋と東洋の料理の垣根がなくなってきて、いまは洋食のシェフや、海外のシェフも堺の包丁を欲しいと言うてくれてはる。でも、ニーズが高くなっているのに職人が減ってきていて、注文を受けた包丁がすぐに手に入らないというのが実情です」と和田さん。
「和田商店でも、創業以来からの柄付けだけではなく、包丁の販売、刃研ぎのメンテナンスや名入れなど複数の工程を跨いでいるのは、なんとか堺のすぐれた包丁と技術を守っていくためなんです」。
私たちはものを買う時、値段や利便性などいろんな要素を天秤にかけて検討しますが、「日本の職人技術を守ることに役立てるか」も、ひとつ考えなければいけないのかもしれませんね。
<和田商店 包丁づくり体験>
料金:12,000円(税込 体験料と和包丁を含んだ金額)
所要時間:90分~120分(研ぎ、柄付体験と堺伝匠館 刃物ミュージアム見学を含む)
和包丁づくり体験の予約・詳細はこちら
和田商店
住所:大阪府堺市堺区神明町東1-1-1
営業時間:9:00〜18:00
定休日:土・日
電話番号:072-232-1886
地元で愛される料亭で、
華麗な包丁さばきと懐石弁当を堪能
堺の包丁を知る旅、最後の目的地は料亭「日本料理 もち月一味庵」。
創業から70年を超え、地元に愛されている老舗料亭です。
こちらでは店主の望月さん愛用の刺身包丁を見せていただきました。
プロの経験と矜持が伝わる、料亭の包丁たち
家業であるお店を継いだ際に、懇意にしている包丁屋さんから送られたという刺身(柳葉)包丁。長年使うなかで研ぎ続けて、刀身が短くなっています。望月さんの経験が包丁に現れてる……!
この包丁の切れ味を確かめるべく、目の前でお刺身の柵を切ってもらいました。
「刺身を切る包丁は、刃が長いんです。刃が短いと断面がきれいに切れないでしょ。だから刺身を切る時は、根本から刃先に向かって引くように切ります」と望月さん。鮮やかな包丁さばきに、思わず見とれてしまいます。
柔らかい魚の身も角が鋭角。見た目にも美しい!
「専門店に研ぎに出す人もありますが、多くの料理人は自分で包丁を研いでメンテナンスします。そうすると、同じ包丁でも自分の力加減にピッタリになるよう切れ具合が変わってくるんです」。
画像奥の出刃包丁や、奥から3番目の鱧切り包丁なんかは、柄に比べて刀身がだいぶ短くなっています。望月さんいわく、30年以上は使い続けられているとか。
三徳包丁も、刃先が軽くS字に湾曲していますね。私が持っている三徳包丁はこんな形ではないので、おそらく望月さんの使い方に最適化されたもの。
自分だけの手に馴染んで、思った通りにスパッと切れるの、気持ちよさそう〜!
最後に、もち月さん自慢のお弁当も堪能しちゃいました。
どんな職人がつくって、どんな料理人が活用しているのか。それを知った上でいただくお料理は格別のおいしさですね!
日本料理 もち月 一味庵
住所:大阪府堺市堺区大町東1-2-3
営業時間:17:00~22:00(ランチの懐石は予約のみ)
定休日:日・祝
電話番号:072-232-0362
<和包丁づくりと日本料理体験>
和包丁の老舗「和田商店」と老舗日本料理店「もち月」の日本料理で、堺が育んだ食文化に触れることができる体験です。
体験の予約・詳細はこちら
旅の終わりに
堺の包丁を知るための旅。
多くの料理人に愛されるのは、打ち刃物ゆえのソリッドな切れ味であることだけではなく、長い歴史のなかで培われてきた、よい道具を生み出す職人たちの技術があってこそ。メンテナンスをしながら何十年も使い続けられる逸品の魅力を、目の前で感じることができました。
しかし時代の変化によって、分業制度の危機があり、プロフェッショナルな技術の存続が危ぶまれているという問題も。堺の包丁を使うことは、日々の料理のクオリティを上げるだけではなく、受け継がれてきた技術や文化を未来に繋げる手助けになるのかもしれません。
でもでも、難しい話抜きにしても、堺の包丁はとってもよい品!
もちろん量販店のものよりもお値段はしますが、使えば使うほど自分の手に馴染んで、それが何十年も使えるんですから。パーツが傷んでも堺には職人たちがいるので、メンテナンスだって安心です。
ぐわ〜!やっぱり包丁欲しい!!
次回は自分のための1本を探す「堺の包丁を買うための旅」にやってこようと思います!
撮影:平野明
編集:人間編集部