なにわのアルチザン――食文化を支える職人魂 0


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大阪南部に位置し、大阪市の衛星都市的存在の堺は、「ものの始まりなんでも堺」と謳われるほど、技術と文化を発信してきました。中世の堺は、貿易都市・商業都市として栄え、日本随一の文化・先進地だったのです。日本で最初に線香が作られたのも中世の堺です。三味線、傘、謡曲、銀貨を造る鋳造所・銀座、注染和晒、さらに自転車や木造燈台などなど、堺発祥のものは数多くあります。

中でも、今の時代にも高い評価を得ているのが包丁など、堺刃物です。プロの料理人の圧倒的な支持を受ける堺の包丁。業務用包丁の実に9割のシェアを担っていると言われています。その歴史は何と、古墳時代に遡ります。クフ王のピラミッド、秦の始皇帝陵と並ぶ世界三大墳墓の一つ、仁徳天皇陵は、堺の東部に5世紀中頃に20年以上かけて築造されたと推定されています。総面積約47万㎡という世界最大の古墳の造営には、工事用の鋤や鍬などの工具も大量に必要です。そのため、日本中から鍛冶職人が集められ、堺に集落をつくって住み着いたと伝えられています。





時代は下って、天文2(1543)年に、ポルトガル人によって鉄砲とタバコが伝来した際にも、堺の鍛冶職人の技術が生かされ、堺は鉄砲と、タバコの葉を刻むタバコ包丁の産地となりました。江戸時代には幕府が堺極(さかいきわめ)という印を付して専売したため、堺刃物の切れ味と名声は全国に轟きましたまた、北前船でもたらされた北海道の昆布を加工する際にも、堺の刃物が活躍しました。おぼろ昆布やとろろ昆布は、堺刃物の切れ味なくしては生まれなかった大阪名物です。堺では「鍛冶」「研ぎ」の技術を600年にわたって、分業制で師から弟子へと継承してきました。鋼と地金を打ち合わせて作る、堺独特の伝統製法は、「堺打」の名で商標登録されています。火と鉄と水と匠の技が生み出す絶妙の切れ味は、他の追随を許しません。ユネスコ無形文化遺産となった和食の背景に、堺包丁の職人たちの600年にわたる研鑽があったと言えるでしょう。







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