波太神社 0

平安時代の「延喜式」と呼ばれる法典に記載された式内社で、鳥取大宮・波太神社とも称され、日根郡、鳥取郷の総社でした。

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阪南市石田に鎮座、平安時代の「延喜式(えんぎしき)」と呼ばれる法典に記載された式内社で、鳥取大宮・波太神社とも称され、日根郡、鳥取郷の総社でした。鳥取部の祖角凝命(つのこりのみこと)を祀ったのが起源とされています。鳥取氏は、平安時代から鎌倉時代にかけて栄えた豪族でしたが、南北朝時代、戦いに敗れ波太村(現在の阪南市桑畑)の本拠とそこにあった社が焼かれ衰退しました。社はその後、永徳年間(1381~1384)に現在地で復興されましたが、秀吉の紀州攻めなどによって再び焼失します。現在の社殿と本殿は、寛永15年(1638)に再興されたものです。特に本殿は、三間社流造(さんげんしゃながれづくり)といわれる近世初頭の優美な建築様式で、国の重要文化財に指定されています。社蔵には、「三十六歌仙扁額」(府の文化財)のほか、慶長5年(1600)秀吉の家臣の片桐且元が献じた石灯籠が境内に残っています。毎年10月に行われる阪南市の秋祭りでは、18台ものやぐらが各地区から集まり勇壮に曳行しますが、一番の見所は、波太神社の拝殿前の階段を駆け上がるところといわれています。

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