大阪の東側に広がる東大阪市は、古くから職人文化が根付く「モノづくりのまち」。
暮らしに欠かせない日用品から宇宙技術まで、
多種多様な製品がこのまちで生まれている。
東大阪市の中でも、
生駒山のふもとに広がるエリアは、
「信仰のまち・占いのまち」
として知られている。
珍しいしめ縄、
お百度参り(おひゃくどまいり)、
古墳の神社──
独特な景色が次々と現れてくるが、
どこか親近感を感じてしまう。
その東大阪の特別な空気に触れるように、
三つの神社を参拝する音声ガイド
「東大阪三社めぐり」がある。
笑いで新年の幸運を祈る
「枚岡神社(ひらおかじんじゃ)」、
道行く人を見て神意を占う”辻占”を行う
「瓢簞山稲荷神社
(ひょうたんやまいなりじんじゃ)」、
「石切さん」、「でんぼの神様」と親しまれる
「石切劔箭神社
(いしきりつるぎやじんじゃ)」。
それぞれに、ただ手を合わせるだけでは
終わらない
物語が待っている。
音声ガイドとともにめぐれば、
東大阪でなぜ、信仰と占いが
日常に溶け込んできたのか、
その理由が静かに見えてくる。
東大阪の不思議な魅力の正体を、
歩きながら確かめにいこう。
はじめに|
三社めぐりをはじめる前に
大阪の東側、生駒山のふもとに広がる東大阪。山を守るように神社が並び、江戸時代の商人たちは、朝になると生駒山の方角に手を合わせていたという。信仰が暮らしから切り離せなかったこの土地には、今も祈りと占い、日常と非日常がゆるやかに交じり合う、不思議な空気が流れている。
そんな東大阪をめぐる音声ガイドが「東大阪三社めぐり」。生駒山のふもとに点在する神社を、音声ガイドとともに自分のペースでめぐることができる。三社めぐりとは、三つの異なる神社をめぐることで、神々に、よりしっかりと願いを聞き届けていただくための巡礼。
古くから信仰の対象とされてきた生駒山。そのふもとに並ぶ枚岡神社、瓢簞山稲荷神社、石切劔箭神社。三つの神社を訪ねていくうちに、なぜこの街で信仰と占いが馴染んでいるのか、その理由が少しずつ見えてくる。
もし、神社参拝に慣れていなくても、音声ガイドが手水の作法や参拝の仕方まで、参拝の作法を優しく導いてくれる。東大阪の街に繰り出す前に、まずはこのガイドを立ち上げて聞いてみよう。
三社を歩くごとに、東大阪の素顔が見えてくる。音声ガイドに耳を傾けながら、暮らしと祈りが交差するこの街をめぐってみよう。
石切参道商店街|
占いと商店街が交差する坂道
三社めぐりのはじまりは、「石切劔箭神社(いしきりつるぎやじんじゃ)」。近鉄・石切駅を降りて坂道を下りはじめると、線路横の道に灯籠が連なり、大きな鳥居が出迎えてくれる。
「ようこそ、石切さんへ」
歓迎のアーチが現れたら、そこが石切劔箭神社への参道のはじまり。イヤホンを耳に、音声ガイドを立ち上げよう。
ゆっくりと坂を下っていくと、視線の先、参道の向こうにかすかに大阪のビル群が広がっているのが見えて、思わず立ち止まってしまう。高台から街を見下ろすような景色に見とれていると、ガイドの声がそっと語りかけてくる。
ガイドの語りに耳を傾けながら歩いていると、ふと目に入る漢方薬局。ガイドが語るように、この店もその頃の名残なのだろうか。そんなことを思いながら進んでいくと、商店街の景色は少しずつ変わっていく。
「開運」、「運命鑑定」、「悩みを解く」。次々と現れる看板に、いつの間にか占いの世界に足を踏み入れてしまったような気持ちになる。
けれども、「ここは病気平癒(びょうきへいゆ)を願う参拝者たちの人生相談所だった」と音声ガイドが語ったとき、目の前の景色の見え方が変わっていくようだった。
行き場のない思いを抱える人に寄り添ううちに、やがて「占い」という形に変わっていった。その背景を聞くと、占いの看板の一つひとつはただの商売ではなく、誰かの願いの足跡のように見えてくる。
音声ガイドの声が街の空気と重なったとき、ここはちょっと不思議な観光地ではなく、優しい参道へとゆるやかに姿を変えていく。祈りと日常がゆるやかにつながる。その気配が道全体に漂っているように感じられた。
石切参道商店街
大阪府東大阪市東石切町1-4-14
石切参道商店街振興組合事務所
近鉄けいはんな線「新石切」駅より徒歩約10分
石切劔箭神社|
願いを託す、お百度参り
商店街を抜けると、石切劔箭神社の境内が見えてくる。本殿にお参りする前に、まずは拝殿の南側にある立派な門構えの絵馬殿に立ち寄ってみよう。
絵馬殿に近づいたとき、ガイドがゆっくりと語りかけてきた。
絵馬殿(えまでん)についたら、まずは屋根を見上げてみよう。立派な剣と矢を見つけることができる。神社名の「石切劔箭(いしきりつるぎや)」は、強固な岩をも切り裂き、貫くほどに御祭神の力「御神威(ごしんい)」が偉大である様をあらわしている。
はるか昔、記紀神話(ききしんわ)時代。天照大神から「十種の神宝(とくさのかんだから)」をさずかった「饒速日尊(ニギハヤヒノミコト)」。この地に降り立ち、先住していた一族の長、長髄彦(ナガスネヒコ)の妹と結ばれ、生まれたのが「可美真手命(ウマシマデノミコト)」だ。石切神社ではこの二柱(ふたはしら)の神様を御祭神(ごさいじん)として祀っている。
本殿などとともに、国登録有形文化財に登録されている絵馬殿。ガイドの声に促されて屋根を見上げると、そこには黄金の剣と矢が真っ直ぐに立ち並んでいる。
ガイドの言葉通り、「岩をも切り裂き、貫くほどの力」をあらわしているこの絵馬殿は、まさに石切劔箭神社を象徴する社殿として力強くも静かに佇んでいる。神社の予習を済ませたら、二柱の神様にご挨拶をするために拝殿へ。
鳥居をくぐると、境内の少し不思議な光景に思わず足が止まる。参拝者たちが何度も拝殿(はいでん)の前を、静かに行き来している。何かを強く願っているのだろうか─真剣な表情と静かな動きに、自然と目が奪われてしまう。
行き交う人々を見つめていると、参拝者たちがなぜ往復しているのか、ガイドがその理由を教えてくれた。
ガイドはこのあと、石切劔箭神社が「ガン封じの神さん」としても信仰されていると教えてくれた。腫れものにはじまり、ガン封じまで。石切さんは、病とともに生きる人たちの心の拠り所になってきたという。
健康にすごせることは、誰にとっても、きっと何より大切なこと。石切さんのこれまでの話を聞くと、境内を静かに往復する人たちは、自分自身、もしくは大切な誰かの快復を願っているように見えてくる。
変わるがわる人々が手を伸ばして、そっと触れていくお百度石。石の上部がすり減っていることに気づいたとき、この石に託されてきた祈りの数と、切実さが浮かび上がってくるようだった。
一人ひとりの想いを受け止め続けてきた、石切さんの懐の深さと温かさ。それは、境内だけではなく、石切参道商店街の空気にも静かに伝わっているように感じられた。
石切劔箭神社の本殿へのご挨拶を済ませたら、静かに境内を往復する人たちの祈りを感じながら、次の神社へと出発しよう。
石切劔箭神社
大阪府東大阪市東石切町1丁目1-1
近鉄けいはんな線「新石切」駅より、徒歩10分
枚岡神社|
世界を明るく照らす、お笑い神事
枚岡神社(ひらおかじんじゃ)は、近鉄奈良線・枚岡駅を背に生駒山を登るようにして進んだ先にある。鳥居をくぐり広い参道を歩いていくと、周囲の空気がゆっくり変わっていく。さっきまで線路を走る電車の音や警笛(けいてき)が聞こえていたのに、参道を歩くにつれて、それらはどこか遠ざかっていくように感じられた。河内国一宮として古くから信仰を集めてきたという枚岡神社。「太古の聖域」と呼ばれる理由がこの参道全体に満ちているようだった。
参道をゆっくりと登り、広場のような開けた場所に出たとき、イヤホンから静かに声が流れはじめた。
二ノ鳥居をくぐり、広い参道を進むと参道広場に出る。広場には「あげまき結び」という特殊な形のしめ縄が結ばれている。枚岡神社の主祭神は「アメノコヤネノミコト」と言い、神事を司る神様。しめ縄を用いた神話に深い関りを持つ神様でもある。
そんな神様にちなんで枚岡神社では、毎年 12月にしめ縄を新しく掛け替える「しめかけ神事」という祭りがある。別名を「お笑い神事」と言い、はじめに宮司が「アッハッハ」と大声で笑い、参拝者も続く。これを3回繰り返し、さらにその後、参拝者とともに思い思いに20分間笑い続けるのだ。1年の災難ごとを笑い飛ばし、福を招くために全国から多くの人が参加する。
初めてみる「あげまき結び」を見上げながら、ガイドの声に耳を澄ませていく。
ガイドはこの後に、この神事が「祈りと笑いによって世界に光が戻った」という神話にちなんだ神事だと教えてくれた。一体お笑い神事とはどのような神事なのか。新しい年の幸福を祈りながら、神前で思い切り笑う──珍しい神事に想像をふくらませながら、本殿へ向かって階段を上がっていく。
階段を上がりきったところで、ガイドはこの神社の物語を語りはじめた。
境内には、滝で身を清めることができる禊場(みそぎば)もあり、生駒山からの豊かな水の恵みが今も続いている。境内の澄んだ空気や静けさの深さに包まれていると、ここが特別な場所であることがゆっくりと伝わってくるようだった。
枚岡神社には、音声ガイドと連動した「音札(おふだ)」という珍しい「音のお守り」があるという。境内で収録された自然音や祭事の音を、自分の手元に持ち帰ることができるというもの。
境内に響く音とともに気になっていたお笑い神事の音まで収録されているという、枚岡神社の音札。音を通して、枚岡神社の静かな時間を思い出せば、どこで聴いても境内の静けさが戻ってくるのかもしれない。スピーカーで流せば、家の中に清らかな風が吹くことだろう。
枚岡神社の音札
初穂料|800円
授与所|社務所
枚岡神社
大阪府東大阪市出雲井町7-16
瓢簞山稲荷神社|
鳥居に宿る、人々の記憶
瓢簞山稲荷神社(ひょうたんやまいなりじんじゃ)は、近鉄奈良線・瓢箪山駅すぐ横のアーケード商店街に参道の入り口がある。商店が立ち並び人で賑わうアーケード通りを進んでいくと、不意に鳥居が現れる。そこからが瓢簞山稲荷神社の参道のはじまり。厳かな雰囲気の鳥居をくぐったら、落ち着いた住宅街の中にある参道を進んでいこう。
二つ目の大きな赤い鳥居をくぐると、音声ガイドがこの神社の歴史を語りはじめる。
ガイドに耳を澄ませながら境内を進んでいくと、至るところにお狐様や鳥居が姿を見せる。重なり合うように連なる鳥居や、表情が豊かなお狐様たち。それぞれの個性あふれる姿に、どこに視線をむけようかと迷ってしまうほど。ふと上の方を見上げると、お狐様たちの背後には竹林が広がっていた。
瓢簞山稲荷神社には、古くから伝えられる宮司家一子相伝(いっしそうでん)、口伝鈔( くでんしょう)の占いがある。それは、「辻占」という道行く人を見て神意を判断する占いだ。江戸時代、瓢簞山稲荷神社は、京都から高野山へ向かう東高野街道に接しているため、巡礼に向かう多くの旅人が行き交う場所だった。そこで生まれた辻占の評判は、大阪のみならず、広く知られるようになっていったという。
※一子相伝 … 後継者一人にだけ受け継がれる伝承形式
※口伝 … 口頭で教えや知識を伝えること
音声ガイドは、三社めぐりの締めくくりに辻占のこんなエピソードを教えてくれる。
もしかすると、境内の鳥居や玉垣は、占いによって人生が好転したお礼として奉納されたものなのかもしれない。ガイドが伝えてくれたエピソードと境内の景色が重なると、無数の鳥居や玉垣の中に、誰かの願いが垣間見えるようだった。
住宅街の中にあるこの神社では、境内にいても車の音などの生活音が聞こえてくる。参道に通じるアーケード商店街も「ジンジャモール瓢箪山」と名付けられ、地域の日常に神社が自然と溶け込んでいる。日常のすぐ隣に祈りがある。瓢簞山稲荷神社は、祈りと暮らしの距離の近さを感じさせてくれる。
瓢簞山稲荷神社にも、境内の音を収録した音札がある。人生の岐路に立つ人を支えてきた人情あふれる神様が、新たな一歩を踏み出す勇気を与えてくれるかもしれない。
瓢簞山稲荷神社の音札
初穂料|800円
授与所|社務所
瓢簞山稲荷神社
大阪府東大阪市瓢箪山町8−1
音札体験|
聴くことで浮かび上がる、まちの記憶
枚岡神社と瓢簞山稲荷神社、それぞれの祈りの音を閉じ込めた二つの音札(おふだ)。
三社めぐりを終えたあと、さっそく聴いてみることにした。
音札の使い方はとても簡単。カードの裏面にあるQRコードをスマホで読み取れば、すぐに再生ができる。Bluetooth接続でスピーカーとつなげれば、音が空間全体に響いて、境内の中にいるような感覚になれるという。
まずは、枚岡神社から。生駒山の豊かさを思いださせる水の音をベースに、「わっはっは」というお笑い神事の音が自然に溶け込んでいる。その背後には、さまざまな種類の鳥のさえずりや参拝者の足音、遠くの方に電車が通る音も混じり合い、音で溢れているのにどこか静けさが残る。仕事や勉強などの集中したいときに聞けば、豊かな水の音が集中力を与えてくれるような優しい音だった。
続いて、瓢簞山稲荷神社の音札を聴いてみる。
「御山(おやま)」と呼ばれる瓢簞山古墳は禁足地、すなわち踏み入ることのできない御神域。そこに響くのは、忌竹(いみたけ)の笹の葉が擦れる音──。神聖な音と混じり合うように、誰かの足音や鳥のさえずり、そして遠くからかすかに聞こえる工場のような音。時折鳴らされる境内の鈴の音に、自分が込めた祈りを思い出し、小さな力をもらえる気がする。瓢簞山稲荷神社で祈ったことでも、新しく始めてみたことでも、少しだけ背中を押して欲しい時に聴いてみたくなる音だった。
音札を聴いていると、境内の景色やその時感じた想いを、音を通して思い出させてくれるようだった。時間が経つにつれて、旅の情景は薄れていく。旅で感じた想いも、祈りに込めた願いも、忙しない日常の中では、ふと気がつくと忘れてしまうことがある。音を通して旅の記憶を振り返ることは、東大阪で過ごした時間が、日常の中にも静かにつながっていくように感じられた。
おわりに
音声ガイドと一緒に東大阪のまちを歩くと、「祈り」という言葉がどこか身近で、温かなものに思えてくる。特別なときだけ訪ねる場所ではなくて、悩んだり迷ったりしたときに、ふと立ち寄る場所としての神社の存在。厳かなのに、どこか温かく、大らかな包容力で受け止めてくれる──人情を感じさせるような空気が生駒山のふもとには広がっていた。
暮らしに、占いと信仰が溶け合う東大阪のまちは、きっとあなたの願いにも優しく寄り添ってくれるだろう。
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