かつて「黄金の日日」と謳われ、
世界と交易を結び栄えた港町・堺。
堺駅に降り立つと、
街並みの中に当時の面影は
見えないかもしれない。
しかし、目に見えない物語を知ったとき。
目の前の景色が動きだす。
音声ガイドとともに街を巡りながら、
堺を舞台に生きた商人たち、
そして南蛮文化が運んできた
物語を探しにいこう。
港町・堺が持つ、黄金の記憶
大阪の南側に位置する港町・堺市。
堺駅の東側は、落ち着いた街並みが広がり、
海の気配すら感じない静かな街が広がっている。
けれど、この街にはかつて、世界と交易を結び、
国際貿易都市として栄えていた時代があった。
南蛮船が行き交い、商人たちが海を越えて取引をし、
鉄砲や異国の文化が堺にもたらされた黄金の時代
──人々が「黄金の日日」と呼んだ時代だ。
千利休が美意識を磨き、ザビエルが布教で立ち寄り、
織田信長や豊臣秀吉が
その存在を重要視した特別な街。
一つの街では抱えきれないほど、
数々の物語が地層のように積み重なっている。
この記事では、音声ガイド「堺まち歩き」とともに、
堺に眠る物語を紐解くまち歩きを紹介していく。
時代の移り変わりを見つめながら、
この街に眠っている物語を掘り起こしていこう──。
堺駅|
「黄金の日日のはじまり」
堺の歴史を紐解くはじまりは、堺駅から。駅のホームに到着したら、さっそくまち歩きをはじめる準備をしよう。音声ガイドアプリを立ち上げ、イヤホンをセットする。GPS連動で自動再生されるので、ガイドは開いたまま進んでいこう。
東口の改札を出るとすぐ、イヤホンからガイドの声が流れてくる。改札前なので邪魔にならないような場所で立ち止まりながら聴いてみよう。
ガイドに促され、振り返るように改札を見上げると、黄金が散りばめられた巨大な絵が飾られていた。南蛮船と思われる船と、上陸して向かっていく人々、そして全体を囲うように輝く金色。まさにガイドの語る「黄金の国」という印象そのもの。
絵を背に、ガイドの声に導かれるまま堺駅東口1階にある観光案内所へ。当時の堺を語るガイドの声と、無機質な駅ビルの景色。その違いに小さな違和感を覚えながら、ゆっくりと階段を降りていく。
観光案内所横のガラスケースが見えてくると、ガイドは再び語り出す。
この壺は「呂宋助左衛門」という堺の商人によって、フィリピンのルソン島からやってきた。港の物資を保管する倉庫を管理していた呂宋は、商才を活かして貿易商を営んだ。そして持ち帰った壺を天下人・豊臣秀吉に見せたところ、「なんと珍しいものを!」と大喜び。名だたる大名もこぞって壺を買い取った。
一見すると、シンプルで代わり映えのない壺。けれども、豊臣秀吉や大名たちに喜ばれたというエピソードが、当時と現代の文化の差を想像させてくれる。堺が貿易都市になっていなければ、いまもこの壺は珍しいままだったのかもしれない。そんなもう一つの世界を想像してしまう。
堺駅に到着した瞬間から、このまち歩きは始まる。ガイドの声に耳を傾けるうちに、意識は自然と堺の歴史へ向かっていく。
ルソンの壺がある観光案内所では、音声ガイドとは違った視点で堺の歴史や魅力を紹介してくれる。ガイドを聞いた後にぜひ立ち寄ってみてほしい。街の奥行きがさらに広がっていくはずだ。
南海本線「堺」駅
大阪府堺市堺区戎島町3-22-1
JR「大阪」駅から「新今宮」駅を経由し、南海本線「堺」駅へ
堺駅観光案内所
ザビエル公園|
「南蛮船がもたらしたもの」
堺駅を出たら、音声ガイドのMAPを見ながら次のガイドスポットに向かっていく。まち歩きの楽しみ方の一つは、ゆっくりと街を観察するように歩くこと。目的地まで遠回りになっても、それが歴史の小さな発見につながる。
静かな川沿いの道をずっと歩いていると、住宅街の中に現れるのがザビエル公園。目的地のスポットピンの近くに向かって歩いていると、イヤホンからはこんなガイドが流れてきた。
駅からここまで歩いてきた道のりは、かつて海だった。このザビエル公園に示された海岸線より内陸が、当時の堺の街である。階段状の護岸を昇り、周りを見渡してほしい。高低差があるのがわかるだろうか。
南蛮船が日本にもたらしたものは、器だけではない。キリスト教もだ。宣教師フランシスコ・ザビエルは、布教を続ける中で堺に立ち寄り、この地にあった商人の屋敷に滞在した。商人はキリスト教の洗礼を受け、瓦葺の建物を聖堂にした。そこで日本で初めてクリスマスが行われたという説もある。
ガイドの言葉に合わせて、周りを見渡してみると、意識していなかった高低差に気が付く。ここまで歩いてきた場所が海だったという事実を知り、目の前の風景との違いに驚かされる。それほど、ここに海の面影は見当たらなかった。
かつて港町として栄えた堺の姿を思い浮かべていると、ここまで歩いてきた街並みや公園が、少し違う場所のように感じられてくる。あらためて周囲を見渡すと、遠い時代の暮らしの気配がこの場所に重なっているように思えた。
海だったころの周囲の情景を想像しながら歩いていると、視界の先に大きなモニュメントが現れた。ちょうどその瞬間、イヤホンからは新しい物語が流れはじめる。
堺が繁栄させた貿易文化は、同時に社会に大きな変化をもたらしていた。ガイドが語り出すと、鉄砲の伝来や南蛮文化が運んだ新しい価値観が、人々の暮らしに影響を与えていったことが見えてくる。輝かしい時代の裏側にあった、もう一つの堺の姿を知ると、目の前のモニュメントの見え方も少し変わって感じられる。
歴史の断片を見つめたら、次のスポットへ向かおう。
ザビエル公園(戎公園)
大阪府堺市堺区櫛屋町西1-1
さかい利晶の杜|
「千利休の足跡」
ここでは、堺出身の茶人・千利休にまつわるガイドをご紹介したい。
堺の歴史や茶の湯文化を学べる「さかい利晶の杜」。堺の歴史とともに展開される千利休の生い立ち、茶の湯の文化のはじまりまで、わかりやすく歴史を紐解いてくれる場所。当時の様子を伝える模型や当時の資料が豊富に展示されているので、まち歩きの予習・復習としても理解を深めやすい。
施設に足を踏み入れると、音声ガイドは、利休の人柄が垣間見えるこんなエピソードを語ってくれる。
ここで、利休にまつわるひとつのエピソードを紹介しよう。利休には同じ師匠を持つ友人・丿貫がいた。ある日、茶会に誘われ、丿貫の元を訪ねると、地面を見ると落とし穴を掘ったような跡がある。しかも、何やら風呂の方からは煙が立ち昇っている。
丿貫の意図に気づいた利休だったが、知らぬ顔をして落とし穴に落ちた。当の丿貫は、誰がこんなことをと言わんばかりの顔で「風呂を用意していますよ」と言うのであった。
利休は、風呂に入って汗を流した後のお茶が一番美味いという、丿貫の道理に付き合うことにしたのだ。たとえ、策に気づいていたとしても、亭主の思いを尊重し、ともに良い空間をつくろうとする。その姿勢に、彼が大切にした茶の湯の精神を感じさせてくれるようだった。
さかい利晶の杜を出ると、すぐ向かいに千利休の屋敷跡がある。門をくぐりぽっかりと空いたような跡地に足を踏み入れると、ガイドは利休と天下人・豊臣秀吉の最後の物語を語り始める。
屋敷跡に残る井戸屋根も、ガイドの語りを聞いたあとでは、見え方が少し変わってくる。
千利休にまつわる二つの施設では、地域のボランティアの方々が語り部として案内してくれる。もし時間に余裕があれば、彼らの話にも耳を傾けてみてほしい。地域を愛する彼らの視点から語られる言葉は、堺のまちのまた違う一面を感じさせてくれるかもしれない。
さかい利晶の杜
大阪府堺市堺区宿院町西2丁1-1
第三火曜日(祝日の場合は翌日振替)・年末年始
大人(大学生を含む):300円 高校生:200円
中学生以下:無料
南海本線「堺」駅東口から徒歩約10分
バスの乗車の場合:約3〜5分
最寄りバス停「宿院」下車、徒歩約1分
「黄金の日日の終焉」
最後のガイドスポットは、寺地町駅。まち歩きで何度か見かけた路面電車は、ここ堺から大阪市内をつないでいる。
寺地町駅のホームに近づこうとしたとき、イヤホンからは静かな声が聞こえてきた──。
物語を締めくくるように、ガイドは堺の繁栄がどのように終わりを迎えたのか、静かに語り続ける。目の前の線路の先には、いまの中心都市・大阪の街並みが広がっている。かつて世界へ開かれていた港町・堺と、現代の大阪。この一本の線路は、二つの時代を静かにつなぎ続けているようだった。
ガイドの声に耳を澄ませながら、目の前のホームをぼんやりと眺めていると、日常とは少し違う時間を過ごしてきたかのような余韻が残った。
阪堺電軌阪堺線 寺地町駅
大阪府堺市堺区寺地町東1-1
堺駅東口から徒歩約20分
おわりに
ふと目線を変えた瞬間、堺はまったく違う表情を見せる。ここでは、栄光も影も、長い時間の中で静かに溶け合い、街の空気の奥に生き続けているように感じられた。
音声ガイドと歩けば、眠っていた記憶が目を覚まし、今の街並みに静かに重なっていく。
二つの世界に出会うような体験を、ぜひあなたにも味わってみてほしい。あなたが堺の街を訪れたとき、どんな物語を見つけるだろうか。
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